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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)684号 判決

甲事件本訴原告(甲事件反訴被告)

神戸・春日野墓地協会

(以下「原告協会」という。)

右代表者理事長

近盛晴嘉

乙事件被告

近盛晴嘉

(以下「原告近盛」という。)

右両名訴訟代理人弁護士

下山量平

正木靖子

甲事件本訴被告(甲事件反訴原告)・乙事件原告

歓喜寺

(以下「被告」という。)

右代表者代表役員

横山顯宗

右訴訟代理人弁護士

間瀬俊道

鈴木尉久

都竹順一

主文

一  被告は、原告協会が別紙物件目録記載1の土地のうち別紙図面記載のイ点及びロ点を結ぶ線上に鉄柵を設置することを妨害してはならない。

二  被告の原告協会に対する甲事件反訴に係る請求及び原告近盛に対する乙事件に係る請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は全事件を通じて被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件本訴関係

1  原告協会

主文一、三項と同旨

2  被告

(一) 原告協会の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告協会の負担とする。

二  甲事件反訴及び乙事件関係

1  被告

(一) 原告協会及び原告近盛(以下「原告ら」という。)は、被告が別紙物件目録記載2の土地を通行することを妨害してはならない。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  原告ら

主文二、三項と同旨

第二  当事者の主張

(本案前の当事者の主張)

一  被告

原告協会の代表者が、甲事件本訴を提起するについては総会決議などによる特別の授権を経る必要があるが(最判平成六年五月三一日民集四八巻四号一〇六五頁参照)、甲事件本訴についてはそのような授権がされておらず、その訴えは不適法である。

二  原告協会

原告協会は、平成六年九月二三日開催の総会において被告を相手方として甲事件本訴を提起することを決議しているから、被告の右主張は理由がない。

(本案に関する当事者の主張)

一  原告協会の主張(甲事件本訴の請求原因)

1 別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)は古くから、その周辺の七つの村の住民の共同墓地(以下「春日野墓地」という。)として使用されていた土地であり、戦後もそれら村の中心的人物が持ち回りでこれを管理していたが、春日野墓地の経営主体を明確にするため、昭和四九年一一月二三日開催の総会(第一回総会)において原告協会が設立され、以後原告協会は、春日野墓地の経営に当たり、原告協会の「会長」を春日野墓地の管理者(墓地、埋葬等に関する法律一二条)と定め、春日野墓地を管理している。

2 被告は、別紙物件目録記載3ないし8の一団の土地(以下「被告境内地」という。)を所有し、それら土地を敷地として被告の本堂及び庫裡(住職及びその家族の住居)を建築しているところ、被告境内地と本件土地とは、本件土地の北西角付近において接している(その接する部分の境界線を「本件境界線」という。)。

被告は、被告境内地内の本件境界線に沿う部分にブロック塀を設けているが、そのブロック塀のうち別紙図面のイ点及びロ点を結ぶ線(以下「イロ線」という。)に沿う部分には、被告境内地から春日野墓地に出入りするための通用口(以下「本件通用口」という。)を設けている。

3 原告協会は、本件境界線に沿って、本件土地上に約三六メートルの範囲で鉄柵を設け、本件通用口から墓地への出入りができないようにしたところ、被告は、神戸地方裁判所に対し、原告近盛を相手方として、イロ線上の鉄柵部分の撤去を求める仮処分を申請し(当庁昭和六一年(ヨ)第六〇一号事件、以下「乙事件仮処分申請」という。)、これが容れられたため、原告協会は、イロ線上の鉄柵を撤去した。

4 ところで、原告協会と被告との間には、春日野墓地内の墓地使用権に関する紛争が存在し、右仮処分は、被告の墓地使用権(慣習による墓地使用権)の有無を争点とする民事訴訟(当庁昭和五九年(ワ)第五四五事件、以下「前訴」という。)の係属中に発令されたものである。

前訴については、右仮処分の後、被告主張の慣習による墓地使用権が存在しないことを確認する判決が確定しているが、被告は、本件通用口から春日野墓地内へ出入りするため、本件土地のうち、別紙図面のイ点、ロ点、ハ点、ニ点及びイ点を結ぶ範囲の土地(以下「係争土地部分」という。)を通行利用できる法的地位を有するなどと主張し、係争土地部分の通行妨害の差止めを求める訴えとして、原告協会を相手方とする甲事件反訴及び原告近盛を相手方とする乙事件(起訴命令によって提起された右仮処分に係る本案訴訟である。)を提起している。

5 原告協会は、春日野墓地管理の一環として本件境界線に沿った鉄柵を設ける計画を断念したわけではなく、イロ線上に鉄柵を再築する予定であるところ、被告がこれを妨害するおそれがあるので、その妨害の差止めを求める。

二  原告協会の主張に対する被告の認否

原告協会の主張1の事実は知らず、同2ないし4の事実は認め、同5は争う。

三  被告の主張(甲事件反訴及び乙事件の請求原因)

1 通行地役権の時効取得

被告は、明治時代に建立された寺を母体として設立された宗教法人であり、春日野墓地の係争土地部分の近くに、被告の歴住塔、初代住職若林鉄心の墓、御開山の日置仙の慰霊碑並びに開基家である春川家の墓を自ら祭祀の対象とし、それら墓石等の建立場所に墓地使用権(永代使用権)を有しており、また、その周辺には、多くの被告の檀家が墓地使用権に基づいて墓を設けている。

戦前には、被告境内地と本件土地の間には塀などの障害物はなく、誰でもその間を自由に往来できたが、戦後は、周辺が焼け野原となって不用心であったため、被告は、昭和二一年ころ、被告境内地と本件土地との間に板塀を設置し、そのうち係争土地部分に面する部分に通用口として木戸を設け(本件通用口と同じ位置である。)、昭和二二年ころには、係争土地部分に階段状に敷石を置いた。

被告は、昭和四〇年ころ右板塀を金網の柵に取り替え、さらに昭和四三年ころ、その金網の柵を現在のブロック塀に取り替えたが、右の木戸は従前のままであった(なお、被告は、昭和六二年ころ、右木戸を現在の鉄製の扉に付け替えている。)。

右のとおりであって、被告は、遅くとも、昭和二二年ころ、係争土地部分に自ら通路を開設し、以後、毎日、被告と縁のある墓地の祭祀のため、平穏公然とこれを通路として継続的に使用していたから、二〇年を経過した時点において、係争土地部分の所有者である神戸市との間において、係争土地部分の通行地役権を時効取得したものである。

したがって、イロ線上に鉄柵を設けて係争土地部分を閉鎖する行為は、被告の通行地役権への侵害となり、被告はそのような侵害行為を事前に差し止める権利を有する。

2 墓地使用権に基づく原告協会の通行受忍義務

被告は、古くから右1のとおり春日野墓地内に墓地使用権を有するところ、現在では、春日野墓地の管理主体である原告協会との間で墓地使用権設定に係る契約関係を有するということができる。

そして、右1のとおり、被告は、係争土地部分を長年通路として使用していたのであるから、仮に、被告において通行地役権を時効取得していないとしても、原告協会は、墓地使用権設定に係る契約に基づく付随義務として、春日野墓地内の祭祀の対象となる墓地との往来のため、被告において係争土地部分を通路として使用することを受忍する義務がある。

したがって、原告協会がイロ線上に鉄柵を設けて係争土地部分を閉鎖する行為は、被告が原告協会に対して契約上有する通行利益への侵害となり、被告はそのような侵害行為を事前に差し止める権利を有する。

3 権利の濫用

イロ線上に鉄柵が設けられた場合には、従前から係争土地部分を通って被告境内地と春日野墓地とを往来していた被告関係者は、春日野墓地との往来のため、被告境内地の南側に接続して本件土地と並行して通じる急な坂道の道路を遠回りしなければならない。

原告協会が、長年何の問題もなく被告境内地から出入りに使用されていた係争土地部分を閉鎖する行為につき、何らかの正当な目的・利益を有しているわけではなく、原告協会は、もっぱら被告や被告の住職に対する単なる嫌がらせとして係争土地部分を閉鎖しようとしているにすぎないから、原告協会がイロ線上に鉄柵を設けて係争土地部分を閉鎖する行為は、権利の濫用として許されない。

4 春日野墓地の管理主体である原告協会やその理事長である原告近盛は、イロ線上に鉄柵を設ける計画があるとして、係争土地部分を閉鎖しようとしている。

5 よって、被告は、原告協会及び原告近盛に対し、被告において係争土地部分を通路として使用することを妨害する行為の差止めを求める。

四  被告の主張に対する原告らの認否

1 被告の主張1のうち、被告が、春日野墓地内に、被告の歴住塔、初代住職若林鉄心の墓及び御開山の日置仙の慰霊碑につき、その建立場所に墓地使用権を有していることは認めるが、その余は知らない。なお、本件土地は、葺合七か村の部落民の総有に属するか、そうでなければ神戸市の所有に属するものである。

被告が通行地役権を取得したとの主張は争う。係争土地部分は、春日野墓地の中にもともと設けられていた参道の一部であり、ここに敷石を置いたからといって通路を開設したということにはならない(逆に、敷石は撤去すべきものである。)。

2 同2は争う。原告協会と被告との間に墓地使用権設定に係る契約関係があるとしても、当該墓地にどのように往来するのかについては原告協会の墓地管理の方法に従うのが当然であって、使用権者において自己に最も都合の良い方法で自由に往来することを原告協会において受忍しなければならないわけではない。原告協会の会員である墓地使用権者は約一七〇〇名もあり、それら使用権者を公平に扱う必要があり、その使用権者のひとりである被告にだけ、被告がこだわる墓参方法を認めることなどできない。

3 同3は争う。

原告協会は、被告が昭和六〇年に被告住居を建築した際、本件境界線が不明確にならないよう、境界沿いの本件土地側に鉄柵を設けたのである。被告も、本件境界線沿いの被告境内地側にブロック塀を設けているのであって、原告協会が同様に鉄柵を設けてはならない理由などない。

なお、被告の住職である横山顯宗あるいはその家族は、係争土地部分近くの墓地の延石に落書きをしたり、係争土地部分の墓地にゴミを捨てた疑いが持たれていたのであり、原告協会や原告近盛としては、被告境内地から春日野墓地への出入りを自由にさせることは適当でないと判断し、イロ線を含め、本件境界線に沿って鉄柵を設けようとしたのであり、現在もその必要を認めているのである。

4 同4の事実は認める。

5 同5は争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるからこの記載を引用する。

理由

一  事実関係において

原告の主張2ないし4の事実、被告の主張1のうち、被告が、春日野墓地内の被告の歴住塔、初代住職若林鉄心の墓及び御開山の日置仙の慰霊碑につき、その建立場所に墓地使用権を有していること及び被告の主張4の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、その争いのない事実に、甲第二ないし第六号証、第二〇、第二一、第二四、第二五号証、検甲第六ないし第二一号証、乙第一ないし第一一号証、検乙第一ないし第六五号証、原告協会代表者兼原告本人近盛晴嘉及び被告代表者本人の各尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  本件土地は、明治以前の非常に古い時代から、葺合七か村(生田村、熊内村、滝寺新田村、中尾村、中村、脇浜村、小野新田村)の部落民が祖先祭祀を行うために使用する共同墓地(春日野墓地)として使用されており、明治七年に葺合七か村が合併して葺合村となり、明治二二年四月一日以降、葺合村(その当時既に筒井村を合併)と荒田村が合併して市制が敷かれた後は、神戸市に属することになったが、神戸市が本件土地を公有墓地として実際に管理したことは今日までなく、墓地の管理運営は、明治以前から戦後にかけても長らく、墓地使用者らの自治に委ねられたままであり、地元の有力者が持ち回りでその管理を行っていた。

2  神戸市が昭和四三年に至って春日野墓地の移転計画を明らかにしたことを契機として(ただし、結局は移転されなかった。)、春日野墓地の自主的な管理運営機構をより明確なものにする機運が高まり、中西一郎という人物などが中心となって、墓地使用者全員によって構成される団体の設立をすすめ、昭和四九年一一月の最初の総会において、委任状出席者四〇〇名を含む八〇〇名余りの出席(なお、その当時の墓地使用者総数は約一五〇〇名とみられていたが、うち数百名程度については発送された招集通知が到達しなかった。)により、構成員資格、事務執行機関、団体の意思決定の方法、会計などの事項を定めた会則(その後「定款」と改称される。)が定められ、春日野墓地内の墓地使用者全員を構成員とする団体として原告協会が設立され、その会長(原告協会の代表者で、会則により、墓地、埋葬等に関する法律一二条の管理者とされる。)として右中西一郎が、理事長(原告協会の代表者で、会則により、会務の執行者とされる。)として原告近盛が選任された。

原告近盛は、昭和五五年一二月一四日、右中西一郎の後任の会長に選任され、春日野墓地の管理者として届出がされている。

原告協会の会則によれば、従前からの墓地使用者及び新たに墓地使用の許可を受けた者は自動的に原告協会の構成員となり、墓地使用を廃止した者は原告協会から脱退することとされ、原告協会は、墓地使用許可申請の方式・使用料その他墓地の管理に関する定めとして、「神戸・春日野墓地管理規則」及び「神戸・春日野墓地管理細則」を制定している。

3  神戸市は、昭和五九年九月五日付けの文書(弁護士法二三条の二第二項に基づく照会回答書)により、「春日野墓地は旧来からの慣行に基づき、地元住民の墓地として使用を認めており、春日野墓地の墓地としての使用の廃止変更がないかぎり使用できるものとして、春日野墓地管理者のもとに管理運営され、今日に至っている」との神戸市の見解を明らかにしており、さらに、昭和六一年二月一〇日付けの文書(同じく照会回答書)により、春日野墓地の使用に関し訴訟追行権も原告協会にあるとの趣旨の見解を明らかにしている。

4  被告は、明治三四年に建立された寺であり、現在の代表役員である横山顯宗は、昭和三〇年、父の後を継いで四代目住職に就任し現在に至った者である。

被告は、戦前から、春日野墓地内の係争土地部分の近くに被告の歴住塔、初代住職若林鉄心の墓、御開山の日置仙の慰霊碑を建立し、その建立部分を墓地として使用していたものであるが、それら墓地は、大正時代に既に春日野墓地の二一区画として区画された範囲に存する。

5  被告境内地と本件土地とは、本件土地の北西角部分で、被告境内地が本件土地に入り込むように接しており、戦前・戦中はその間に柵などの障害物は設置されておらず、誰でも自由にその間を往来できたが、被告は、戦後の混乱期の昭和二一年、春日野墓地から人がほしいままに往来しないよう、本件境界線に沿って被告境内地内に板塀を設置し、本件通用口の辺りに木戸を設け、昭和二二年ころには、その木戸より五〇センチメートル程低い本件土地への出入りの便宜のため、係争土地部分に敷石を置いた。春日野墓地の二一区画内には、他の区画と同様に、縦横に配列された墓地と墓地との間に、墓参用の幅員数十センチメートル程度の多数の通路が開設されているが、それら通路は、春日野墓地を管理する者が開設したのであって、被告が開設したのではない。右敷石は、二一区画の中の東西通路へ通じる係争土地部分に置かれたものである。

被告は、右板塀を金網の柵に付け替えた後、昭和四三年ころ、本堂復興に際し、金網の柵を現在のブロック塀に付け替えたが、木戸や敷石の状況は従前のままであった。

6  被告が昭和六〇年一〇月に被告住居の改築工事に着手した後、原告協会は、昭和六〇年一一月、本件境界線に沿って本件土地上に約三六メートルの範囲で鉄柵を設け、係争土地部分を閉鎖したところ、被告は、乙事件仮処分申請をし、これが容れられたため、原告協会は、その鉄柵のうちイロ線上の部分を撤去して係争土地部分を被告境内地に向けて開放した。ただし、係争土地部分に面する本件通用口は、その後鉄の扉に付け替えられて施錠されており、春日野墓地側から被告境内地に自由に出入りできるわけではない。

7  本件土地は、南向きの斜面に位置していて南から北に向かってかなり急な上りこう配がある不整形な台形上の土地であり、南辺と西辺は道路と接しており、それら道路と本件土地との間には柵などの障害物は設置されていないが、北辺は成徳学園の学校敷地と接しており、その間の境界には柵が設けられている。本件土地の西辺は、その中間部で道路と接しており、その道路(これを北方向に登ると被告境内地に突き当たる。)と接する部分には柵などは設けられていない。

イロ線上に鉄柵が設けられて係争土地部分が閉鎖された場合には、被告境内地から係争土地部分の付近の墓地区画(春日野墓地二一区画)へ行くためには、被告境内地に突き当たる坂道の道路を一旦南に何十メートルか下り、その道路と春日野墓地とが接する部分から墓地内へ立ち入り、その後墓地内の通路を上るという経路を辿ることになる。

8  原告協会は、仮処分の後も、イロ線上に鉄柵を再設して本件境界線沿い全部に鉄柵を維持する計画を維持しており、そのために、係争土地部分に通行権等の利用権を有すると主張する被告との間で、合意又は裁判でその利用権のないことを明らかにする必要があったため、平成六年九月二三日葺合文化センターで開催された第七回総会において、乙事件仮処分申請の撤回を求める件について被告を相手方として交渉すること、交渉不調の場合には民事訴訟を提起することが反対者なしに原告協会の方針として決議された。

二  以上の事実が認められるところ、被告が被告の開基家である春川家の墓の区域について墓地使用権を有するとの点については、これを認めるに足りる的確な証拠が見当たらない。

右認定によれば、原告協会が民事訴訟法四六条によって民事訴訟の当事者能力を有する社団(いわゆる権利能力なき社団)であることは明らかであるところ、原告協会は、本件土地全体を墓地として使用する権利、この使用権に基づき本件土地内に墓地使用権を設定する(あるいは墓地使用を廃止した土地部分の返還を受ける)権能を有し、春日野墓地の管理運営主体として本件土地全体を墓地として管理する法的地位を有する社団であるということができる。

原告協会が社団として有する本件土地の使用権は、個々の構成員の墓地使用権とは別個の、いわば構成員が総有する使用権であると一応考えられるが、甲事件に係る請求は、その総有的権利自体を訴訟物としその存否を争う請求ではなく、日常的な墓地管理の一態様として行うべき保存行為であるから、原告協会の執行機関である理事長が甲事件本訴を提起・追行するについては、必ずしも原告協会の総会による特別な授権を必要とするとは考えられないのであって、被告引用の最高裁判決は甲事件本訴について適切ではなく、その訴えの不適法をいう被告の主張は理由がない(もっとも、特別な授権が必要であると考えたとしても、総会決議によってその授権がされている本件においては、同様の結論となる。)。

三  原告協会が本件土地の使用権を有し、春日野墓地の管理運営を行う法的地位を有していることからすれば、原告協会が民有地である被告境内地との間の本件境界線沿いに本件土地上に鉄柵を設けることは、誰によっても妨げられることはないといわなければならない。

四  被告は、昭和二二年ころ、係争土地部分に敷石を置くことによって自ら通路を開設したとして、その部分の通行地役権があると主張しているが、係争土地部分は、その部分だけでは、人が立てる程度の広さしかなく、通行目的の地役権の対象となるような通路敷の形状でもないのであって、その部分の延長にある墓参用の通路(その通路は被告によって開設されたものではない。)と切り離して考察した場合には、公道等の一定の目的地へ到達するために利用される土地ということはできず、通行を目的とする地役権の客体となる土地(通路)とはいい難い。

したがって、被告が係争土地部分に敷石を置き、長年にわたって被告の関係者がその敷石を踏んで春日野墓地内に出入りしたからといっても、被告が被告境内地を要益地とする通路を係争土地部分に開設したとか、これを通行目的で継続的に利用していたということはできず、被告が係争土地部分に通行目的の地役権を時効取得したとすることはできない。

五  また、被告は、被告に墓地使用権を設定した相手方である原告協会及び春日野墓地の管理者である原告近盛としては、被告が墓地使用に伴って係争土地部分を墓地との往来に使用することを受忍する契約上の義務があるとか、イロ線上に鉄柵を設けて係争土地部分を閉鎖する行為は墓地管理権の濫用として許されない旨を述べ、要するに、被告が原告協会や原告近盛に対し、係争土地部分の閉鎖を行わないとの不作為を求める法的地位を有するとの趣旨の主張をしている。

しかしながら、春日野墓地への出入口をどこに設けるかとか、出入口をどのように開閉するかといった問題は、まさに日常の墓地管理に関する事項であるから、墓地の管理運営団体である原告協会において原則として自由に決定できる事項なのであって、被告が係争土地部分を利用して墓地使用権を有する墓地と往来するのが最も便利であり、その便利な往来が長年にわたって継続されてきたとしても、原告協会が被告に対する関係でその便利な往来を保障すべき法的責任があり、したがって、原告協会の墓地管理に一定の法的な制約が課せられているとまで考えなければならない根拠を見いだすことは困難である。

イロ線上に鉄柵を設けて係争土地部分が閉鎖された場合には、被告境内地から春日野墓地への往来が従前よりも不便になることは明らかであるが、被告境内地からの墓参が不可能になるとか著しく困難になるというわけではなく、せいぜい、坂道の道路や墓地内の通路をある程度登り降りしなければならなくなるというだけであって、春日野墓地の立地条件からすれば、その程度のことは春日野墓地に墓参しようとする墓地使用者が総じて受けている負担にすぎない。

したがって、被告の右主張は理由がない。

六 以上の次第で、被告が係争土地部分の通行権があるとか、原告協会や原告近盛において、被告との関係で係争土地部分を往来に使用することを許さなければならない事情も見当たらないから、原告協会は、本件境界線に沿うイロ線上に鉄柵を設けることに異を唱え、その部分の開放を求めて乙事件仮処分申請を行った被告に対して、イロ線上への鉄柵の設置を受忍するよう求めることができるというべきである。

よって、甲事件本訴に係る原告協会の請求は理由があるからこれを認容することとし、甲事件反訴及び乙事件に係る被告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官橋詰均)

別紙物件目録・図面〈省略〉

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